金沢地方裁判所 平成11年(行ウ)1号 判決 2000年1月20日
主文
一 本件訴えをいずれも却下する。
二 訴訟費用は原告らの負担とする。
事実
第一原告らの求めた裁判
一 被告らは、株式会社山中町衛生公社に対し、連帯して、金八一三万七六六三円及びこれに対する平成一〇年七月三一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 訴訟費用は被告らの負担とする。
との判決並びに仮執行の宣言。
第二被告らの求めた裁判
一 (本案前の申立て)
主文同旨の判決。
二 (本案の答弁)
1 原告らの請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告らの負担とする。
との判決。
第三原告らの主張
一 請求原因
1 原告らは、山中町の住民であり、被告らは、平成九年四月九日から、株式会社山中町衛生公社(以下「訴外公社」という。)の取締役である。
山中町は、訴外公社の株主であり、同社の資本金一〇〇〇万円のうち六〇〇万円を出資している
2ア Aは、約二〇年間訴外公社の代表取締役社長の職にあり、その間、業務上横領行為により、訴外公社に対して多額の負債を発生させ、その金額は、山中町の行った調査によれば五三二九万〇三一二円とされている。訴外Aは、その責任を取って、平成八年一二月二九日に代表取締役を辞任し、翌年二月二八日に取締役を辞任した。
イ B、Cは、平成九年四月九日まで訴外公社の取締役であった。
ウ 平成九年六月二五日、山中町の町民らが、山中町において訴外Aらに対して損害賠償請求をなすべく監査請求を行ったところ、右監査請求前に一二一六万五七〇四円が支払われており、監査請求後に残額四一一二万四六〇八円が支払われたため、損害は平成九年七月三一日までに全額填補されている旨の監査結果が通知された。
工 右の損害填補に当たっては、訴外Aが三七八二万円を支払い、訴外Bが約一三三〇万円以上、訴外Cが八〇万円以上を支払っている。
訴外B、訴外Cの右支払は、訴外Aの横領行為につき、取締役として訴外Aの業務執行を監督すべき商法上の義務を怠ったこと、及び、訴外Aと共に訴外公社の金員を遊興に使用して前記損害の発生に関与したことから、訴外公社の損害の弁償をしたものと理解できる。
3 訴外公社は、平成九年七月三一日、訴外B、訴外Cに対して、それぞれ少なくとも四〇〇万円の退職金を支払っており、前記監査結果によれば、右退職金(以下「本件退職金」という。)は合計八一三万七六六三円とされている。
4 本件退職金が、実質上訴外公社に対する前記2エの損害の弁償に充てられたことは明らかである。右は、訴外公社の費用をもって訴外公社の損害賠償に充てたことになり、実質的には全く損害の賠償になっていない。
5 訴外公社は、本件退職金は取締役の退職慰労金ではなく、従業員であったことの退職金であり、訴外公社の就業規則の基準に従って支給されたと主張している。
しかしながら、訴外公社の就業規則二八条二号には、法令諸規定に違反した場合は退職金は支給されないことになっている。しかるに、訴外B、訴外Cは、訴外公社の業務に関して取締役となっており、代表取締役の業務執行を監督する義務を負っているにもかかわらずこれに違反し、更に、自らも訴外Aと共に訴外公社の金員を使用したとの疑いもあり、そうだとすれば、業務上横領行為を行っていたものであり、明らかに法令違反があり、しかも、それによって訴外公社に甚大な損害与えたものである。
したがって、本件退職金は、不支給にする必要があったにもかかわらず支給されたものである。
6 本件退職金は、訴外公社の取締役である被告五名による取締役会決議に基づいて支給されている。
右決議は、法令諸規定に違反する場合は退職金を支給しない旨の就業規則に違反した判断に基づいており、右判断は、訴外公社に対する取締役の忠実義務に違反するものである。
右の被告らの違法な判断により、訴外公社は本件退職金額である八一三万七六六三円の損害を被った。
7ア ところで、山中町は訴外公社の株式の六〇パーセントを保有しているところ、訴外公社では、前記のとおり多額の本件退職金を支出し、その結果違法に会社財産が流出し、株式の評価が著しく低下するなどしており、これにより、山中町は財産上の損害を被っている。
イ したがって、山中町(D町長)は、訴外公社の株主として、その損害を回復するために、商法上株主に認められている権利である、訴外公社に対して被告らの責任を追求する訴えを提起するよう請求し、これを前提として、株主代表訴訟権を行使すべきである。
しかるに、山中町は、これを行使せず、財産の管理を怠っている。
ウ そこで、原告らは、平成一〇年一二月一八日、山中町監査委員E、同Fに対して、D山中町町長において、被告らに対する損害賠償請求訴訟を提起するよう訴外公社に請求し、提起がなければ株主代表訴訟を提起することを勧告するよう求めて、住民監査請求(以下「本件監査請求」という)を行った。
工 右の本件監査請求に対し、監査委員E、同Fは、請求を理由がないものと認め、平成一一年二月一〇日、その旨の監査結果を原告らに通知した。
8 ところで、株主代表訴訟を提起するためには、原則として、まず会社に対して起訴の請求をなし(商法二六七条一項)、右請求から三〇日以内に会社が起訴しない場合に初めて代表訴訟を提起できるとされている(同条二項)。しかし、例外的に、会社に回復できない損害が生ずるおそれがある場合には、株主は直ちに代表訴訟を提起できるとされている(同条三項)。
本件においては、株主である山中町が起訴の請求を怠っており、請求をなすようにとの監査委員の勧告もなされないのであるから、結局、取締役に損害を賠償させる請求を行うことが不可能であり、商法二六七条三項の類推適用により、直ちに代表訴訟の提起ができるものである。
9 よって、原告らは、地方自治法二四二条の二第一項四号後段に基づいて、山中町に代位して、訴外公社の株主代表訴訟権を行使し、被告らに対し、忠実義務違反に基づく損害賠償金八一三万七六六三円及び平成一〇年七月三一日以降の年五分の割合による遅延損害金を訴外公社に対し連帯して支払うよう求める。
二 本案前の主張に対する反論
次のとおり、被告らの本案前の主張はいずれも理由がなく、本件訴えは適法である。
1 本訴請求は、地方自治法二四二条の二第一項四号後段に基づくものである。
すなわち、山中町町長が株主代表訴訟を提起しなかったという、「職員」の「怠る事実」に係り、本来右株主代表訴訟の「相手方」となるべきであった訴外公社の取締役である被告らに対して、訴えを提起するものである。
2 地方自治法二四二条、二四二条の二の定める住民監査請求、住民訴訟は、「財産の管理を怠る事実」について提起することができるものであるところ、地方自治法二三八条一項六号には「公有財産」として「株券」が規定されており、株主としての権利を行使することが「財産の管理」であることはいうまでもないことである。
そして、「財産の管理」とは、「財産的価値に着目し、その価値の維持、保全をはかる財務的処理を直接の目的とする財務会計上の財産的管理行為」である。したがって、会社財産の違法な支出によって会社財産が減少し、それにより株式の交換価値が減少するのを、株主としての権利の行使として阻止し、回復することは、当然に、「財産の管理」に該当する。
特に、本件のような、地方公共団体が株式の過半数を有し、行政に関する事務を代替させているような株式会社(第三セクター)の株式は、「公有財産」の分類においてまさに「行政財産」に該当し、したがって、行政目的の円滑な達成を図るため、行政執行上の障害が発生しないように、その管理が厳しく実現されていることを法は予定している。更に、商法的に見ても、株主は会社の実質的所有者であり、本件の場合、会社そのものが地方公共団体自体の財産と同視できるのである。
そうであれば、株主たる地方公共団体が、株主権の行使を通して、会社の財産を違法に減少させる取締役の行為を阻止し、回復することそのものも、「財産の管理」に該当するというべきである。
3 地方自治法の文理上、住民訴訟として、「普通地方公共団体に代位して行う当該怠る事実に係る相手方に対する『損害賠償の請求』をすること」が可能であるとされている(同法二四二条の二第一項四号後段)。そして、一般的に、株主代表訴訟とは、取締役の職務違反により会社に損害が発生した場合に、取締役にその損害の賠償を請求するものであり、まさに、「損害賠償の請求」に他ならない。したがって、地方公共団体が株主である場合の株主代表訴訟は、地方公共団体が取締役に対して行う、会社に対する『損害賠償の請求』である。そうであれば、文理上、住民訴訟として右の株主代表訴訟を提起することが可能であることはいうまでもない。
地方自治法二四二条の二第一項四号後段の『損害賠償の請求』は、株主代表訴訟による請求をとりたてて除外する規定とはなっていないのであるから、株主代表訴訟による請求であっても住民訴訟を提起することは可能であると理解すべきである。
また、この場合、損害賠償の相手は会社であっても何ら支障はない。なぜなら、文理上は、「地方公共団体に対する」損害賠償の請求とは記載されていないからである。
そもそも、住民訴訟は、地方公共団体の違法な財産管理行為の是正のために住民に法律上認められた権利である。そのため、当然のことながら、直接、地方公共団体に対して金品の支払を求める形態だけでなく、法律関係の不存在の確認や、妨害排除、原状回復等の様々な形態が法律上認められているのである。あえて、地方公共団体以外(第三セクター)に対して損害賠償の支払がなされる形態の請求を否定する根拠はない。
4 ところで、前記の「財産の管理」とは、財産の持っている実質的価値に着目する行為であるところ、財産が株式である場合は、株主権の有する価値を実質的に減殺する行為に対して、株主として行いうる全ての行為をなすことができなければならない。そうでなければ、地方自治法・地方財政法に違反して管理された株式について、住民による是正を行うことは不可能となってしまう。
しかして、商法上株主に認められた権利は、すべて、株主権の有する価値を維持、回復するための権利である。株主代表訴訟も、本来、損害賠償請求をなすべき者は会社であるが、会社がこれをしない場合に、会社に代わって株主が損害賠償請求をする制度である。法がこのような権利を認めた理由は、まさに、株主には株式の実質的価値を維持、回復させる利害関係があるからこそである。
したがって、住民訴訟により株主代表訴訟を提起することは、法律上許容され、積極的に認められなければならない。
5 また、現代社会においては、組織としては地方公共団体とは異なるが、業務は地方公共団体の業務の一部を行っている、「第三セクター」という形態が横行しているが、これに対しては、住民訴訟により株主代表訴訟を提起することは不可欠である。そうでなければ、「第三セクター」内部の役員の不祥事は、会社が破綻し、地方公共団体の住民サービスに重大な支障を来したり、地方公共団体の出資が無駄になってしまうようなものであっても、何ら住民による是正を行うことが不可能となってしまう。
この意味でも、住民訴訟により株主代表訴訟を提起することは、法律上許容され、積極的に認められなければならない。
6 本件の訴外公社は、廃棄物の収集、運搬、処分、し尿浄化槽の清掃を独占的に取り扱っている第三セクターであって、その取り扱っている業務は、住民のライフライン維持業務であり、本来極めて公共的で、地方公共団体の業務と位置づけられてしかるべきものである。そうだからこそ、山中町は、訴外公社の株式の六〇パーセントを保有し、恒常的に町の職員を取締役として出向させ、行政の一部として運営してきたのである。
このような訴外公社であるからこそ、本来は山中町による不断の監視が必要であり、町による監視が不十分であれば、住民訴訟による請求の代位行使の形態が法律上予定されているといえるのであり、そのような形態での住民による監視が不可欠なのである。
したがって、第三セクターの取締役である被告らに対して、住民訴訟により代表訴訟を利用して損害賠償を請求することが認められなければならない。
7 確かに、原告らは、本件監査請求を行うに当たって、被告畦地の名を挙げることを怠ったが、これは、本件住民訴訟において被告畦地に対する訴訟を追加提起することを妨げるものではない。
地方自治法二四二条の二においては、「住民は、前条第一項の規定による請求をした場合において・・・」と規定するのみである。住民訴訟の対象が、監査請求の対象と同一でなければならないとする趣旨は、違法・不当な公金の支出等の行為の違法性・不当性について事前に行政内部の専門機関である監査委員に委ねようとするものである。そうであれば、被告とされたものにかかる当該行為又は怠る事実が、監査請求書に適示されているか否かによって、監査請求の前置を充たしているか否かを決定すべきである。したがって、住民訴訟で被告となる全職員が個別具体的に列挙されていることまでは要求されないと考えるべきである。
8 本件の場合、商法二六七条一項の「訴え提起の請求」を履践することは不可能である。そもそも、住民訴訟は、監査請求から三〇日以内に提起しなければならない。住民訴訟が株主代表訴訟の形式を取る場合は、三〇日の余裕をもって起訴請求を行うことは不可能なのである。そもそも、起訴請求を要求する趣旨は、会社が訴えを提起するのが本来の姿であるから、まず、会社に訴えを提起することを促すこととしたものである。その程度のものであるからこそ、法は起訴請求を不可欠なものとはしておらず、起訴請求が非現実的な場合はこれを不要としているのである(商法二六七条三項)。本件のような場合は、まさに、起訴請求は非現実的であり、起訴請求をしていては、住民訴訟の期限を徒過してしまい、訴外公社の損害は回復できないものとなってしまうのである。
したがって、本件においては、商法二六七条三項の適用ないし類推適用がされるべきである。
また、本件の場合、訴外公社は本件監査請求がされた事実を認識し、公式にも監査委員を通して、本件監査請求の内容が伝えられており、実質上、起訴請求がされたとみなすことができる。
加えて、本件では、山中町議会において、町議会議員から本件退職金返還を求める質問がなされ、これに対して、町長及び訴外公社取締役の被告畦地が、訴外公社において検討の結果返還請求の必要がないと判断している旨回答している。このような形で、訴外公社自らが、取締役の責任追求の訴訟を提起する意思のないことを表明している。
右のような事情のある本件では、起訴請求なくして代表訴訟を提起できるものというべきである。
第四被告らの主張
一 本案前の主張
1 訴外公社は、山中町が全株式の六〇パーセントを出資するいわゆる第三セクターであるが、普通地方公共団体たる山中町とは全く別個の法人格を有するものであり、商法上の株式会社であって、地方自治法上の団体ではない。しかも、訴外公社の代表者は山中町長でもなく山中町の職員でもなく、取締役の一名だけが山中町の職員であって、山中町が経営を掌握しているという事情もまったくないのであるから、同公社につき地方自治法二四二条、二四二条の二が適用ないし準用される余地はなく、原告らの本訴請求は不適法である。
また、被告らは右に述べた訴外公社の取締役であるにすぎず、地方自治法所定の普通地方公共団体の「職員」に該当せず、その行為について地方自治法二四二条、二四二条の二が適用ないし準用される余地はなく、被告らに対する本訴請求は不適法である。
2 原告らは山中町長が訴外公社の取締役である被告らに対する株主代表訴訟を提起しないことが、地方自治法二四二条、二四二条の二に規定する「財産の管理を怠る事実」に該当すると主張するけれども、右各条項にいう「怠る事実」とは、普通地方公共団体の財務会計行為に該当する財産管理について存在することが必要であるところ、訴件公社の株式は地方自治法二三八条の四にいう行政財産には当たらず、原告らの主張は失当である。
また、訴外公社の株式が地方自治法上の財産に当たるとしても、原告らの主張する株主代表訴訟の提起権は、訴外公社の株主であることに基づいて商法上与えられているものに過ぎず、その行使は、地方自治法上の財務会計行為には該当しない。
したがって、山中町長が株主代表訴訟の提起権の行使を怠ったとしても、それは地方自治法二四二条の二第一項四号後段の「怠る事実」がある場合には該当しないから、本訴請求はその対象が適格性を欠き、不適法である。
3 地方自治法二四二条の二第一項四号は、住民訴訟による代位権行使の対象となる請求権を、前段請求と後段請求に分けて列挙しているが、この規定は住民訴訟としてなしうる代位請求の種類を限定的に列挙したものである。
ところで、原告らの主張する株主代表訴訟により株主が会社に代わって行使しうるのは、会社の取締役に対する損害賠償請求権であり、かかる請求権が住民訴訟によって代位行使されるなどとは全く考えられていないところであり、本訴請求は不適法である。
4 被告畦地に対する本訴請求は、地方自治法二四二条の二第一項が住民訴訟の前提として要求する同法二四二条所定の住民監査請求を履践せずに提起されたものであり、不適法である。
5 商法二六七条によれば、株主代表訴訟を提起するためには、まず、会社に対し取締役の責任を追求する訴訟の提起を請求することを要するとされているにもかかわらず、原告らは、訴外公社に対し起訴の請求を全くせずに本訴を提起したものである。また、本件においては、同条三項所定の、三〇日の期間の経過によって会社に回復すべからざる損害を生ずるおそれのある事情は全く存在しない。
したがって、本訴請求は、株主代表訴訟の要件を履践しない点においても、不適法である。
二 請求原因に対する認否
1 請求原因1の事実は認める。
2 同2ア中、訴外Aが約二〇年間訴外公社の代表取締役社長の職にあり、その間に訴外公社に対し多額の負債を発生させたこと、訴外Aはその責任をとって代表取締役及び取締役を辞任したことは認めるが、その余の事実は知らない。
同2イの事実は認める。
同2ウの事実中、平成九年六月二五日に山中町の町民らが監査請求を行ったところ、損害は平成九年七月三一日までに全額填補されている旨の監査結果が通知されたことは認めるが、その余の事実は知らない。
同2エの事実は知らない。
3 同3の事実は認める。
4 同4の事実は知らず、主張は争う。
5 同5中、訴外公社が原告ら掲記のとおり主張していることは認めるが、その余の事実は知らず、主張は争う。
6 同6中、本件退職金の支給が取締役である被告らによる取締役会決議に基づいて行われたことは否認し、その余の事実は知らず、主張は争う。
7 同7中、山中町が訴外公社の株式の六〇パーセントを保有していること、山中町が訴外公社に対し訴えの提起を請求すること及び株主代表訴訟権を行使していないこと、原告らが平成一〇年一二月一八日に山中町監査委員に対して本件監査請求を行ったところ、監査委員は請求を理由がないものと認め、平成一一年二月一〇日その旨の監査結果を原告らに通知したことは認めるが、その余の事実は知らない。
8 同8中、商法に原告ら主張の規定があること、山中町が商法二六七条一項の請求をせず、請求をなすようにとの監査委員の勧告もないことは認めるが、その余の事実は知らず、主張は争う。
三 請求原因に対する反論
1 訴外公社は、平成九年七月三一日に訴外Bに対し四一二万九五三八円、訴外Cに対し四〇〇万八一二五円の各退職金を支払ったが、これらは、訴外公社の代表者が、就業規則に従い、従業員たる右両名に支払ったものであって、取締役会に諮っていないが、何ら不当なところはない。
2 訴外B、訴外Cは、いずれも訴外公社の取締役の地位にあったが、両名とも、訴外公社設立以前に山中町がごみ・し尿の収集を直営していた時代から退職まで、訴外Bはし尿くみ取りの運転手として、訴外Cはごみ収集車の運転手として、稼働していたものであり、実際上は従業員であった。
3 訴外公社の現行の就業規則では、従業員の退職金の支給について、「法令諸規定に違反したときは、社長は、取締役会の意見を徴し支給額を減額する。」とされているところ、訴外公社の代表者は、右就業規則の右規定に従い、本件退職金は全額支給すべきであると判断したものである。
第五証拠関係
本件記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
一 本件訴えの適法性について
1 地方自治法二四二条の二の定める住民訴訟は、普通地方公共団体の執行機関又は職員による同法二四二条一項所定の財務会計上の違法な行為又は怠る事実が究極的には当該地方公共団体の構成員である住民全体の利益を害するものであるところから、これを防止するため、地方自治の本旨に基づく住民参政の一環として、住民に対しその予防又は是正を裁判所に請求する権能を与え、もって地方財務行政の適正な運営を確保することを目的としたものであって、それは、住民が、自己の法律上の利益にかかわらない当該普通地方公共団体の住民という資格で、法により特に出訴することが認められている民衆訴訟の一種である。
したがって、この住民訴訟は、法の定める場合において、その定める者が原告となり、その定める者を被告として、その定める内容・類型の訴訟に限り、提起することができるものである。
(以上につき、最高裁昭和五一年行ツ第一二〇号同五三年三月三〇日第一小法廷判決・民集三二巻二号四八五頁、最高裁昭和五五年行ツ第一五七号同六二年四月一〇日第二小法廷判決・民集四一巻三号二三九頁、最高裁平成三年行ツ第四三号同年一一月二八日第一小法廷判決・判例時報一四〇四号六五頁参照。)
2 本件訴えは、右の住民訴訟のうち、同法二四二条の二第一項四号所定の代位請求訴訟であり、この訴訟は、普通地方公共団体が、その執行機関又は職員による前記のような違法な行為又は怠る事実によって被り又は被るおそれのある損害の回復又は予防のため、当該職員又は当該違法な行為若しくは怠る事実に係る相手方に対し、実体法上同法二四二条の二第一項四号所定の請求権、すなわち、当該職員に対する損害賠償請求権若しくは不当利得返還請求権、又は相手方に対する法律関係不存在確認請求権、損害賠償請求権、不当利得返還請求権、原状回復請求権若しくは妨害排除請求権を有するにもかかわらず、これを積極的に行使しようとしない場合に、住民が地方公共団体に代位し、右請求権に基づいて提起するものである(最高裁昭和四六年行ツ第九〇号同五〇年五月二七日第三小法廷判決・判例時報七八〇号三六頁参照)。
そして、前記1で判示した住民訴訟の趣旨・目的に照らすと、同法二四二条の二第一項四号所定の代位請求訴訟によって代位行使しうるのは、右の各請求権に限られるものといわざるを得ない。
3ア ところで、原告らが本訴で代位行使すると主張するのは、山中町が訴外公社の株主として有する株主代表訴訟権であって、原告らは、山中町に代位して株主代表訴訟を提起することにより、訴外公社が被告らに対して有する損害賠償請求権を同公社のために(同公社に代わって)行使し、訴外公社宛に損害賠償金を支払うよう求めるというものである。
イ そして、原告らは、右の株主代表訴訟の提起によって訴外公社の損害賠償請求権を代表行使することも、地方自治法二四二条の二第一項四号後段所定の「損害賠償の請求」に該当すると主張する。
ウ しかしながら、先に判示したとおり、代位請求住民訴訟により住民が代位行使しうるのは、普通地方公共団体が有する実体法上の請求権であるところ、一般に、損害賠償請求権とは、一定の損害を被った者がその損害発生につき帰責原因のある者に対して、自己にその損害の賠償・填補をするよう求める請求権をいうのに対し、原告らが代位行使すると主張しているものは、前記アに記載したとおり、右請求権とは、その発生・行使の要件も、求める給付の内容・相手方も、その行使の効果も異なるものであることが明らかである。
エ してみれば、原告らは、山中町が被告らに対して実体法上有する損害賠償請求権を代位行使するものとはいえない。
4 したがって、本件訴えは、地方自治法により特に出訴が認められた住民訴訟の類型に該当しない訴えであり、不適法といわざるを得ない。
5 原告らが「本案前の主張に対する反論」3、4で主張するところは、右に判示してきたところに照らして採用できないし、同5、6で主張する点は、住民訴訟制度をいかなる趣旨、許容範囲のものとして設定するかという、立法政策に当たって考慮されるべき事柄であるとは解されるが、現行の地方自治法の定める住民訴訟の趣旨・目的及び許容範囲・類型につき、前記1ないし3のとおり理解し把握することを左右しうるものではない。
二 以上の次第で、その余の点につき判断するまでもなく、原告らの本件訴えは、不適法な訴えとして、却下を免れない。
よって、訴訟費用の負担につき民訴法六一条、六五条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 渡辺修明 裁判官 本多俊雄 裁判官 神原信次)